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買収価格は適正?財務DDで分かる「その会社の本当の価値」|経営者が知るべき企業価値の見極め方

はじめに

企業の買収を検討する経営者、M&A担当者にとって「買収価格は適正かどうか」の判断は取引の成功を左右する非常に重要なテーマです。しかし、決算書を元に専門家が提示した評価レポートを前にしても、その数字の根拠に納得できなければ、自信を持って決断することはできないでしょう。実際、決算書に記載された数値は必ずしも企業の「本当の企業価値」を反映していないことも多く、表面的な理解だけで進めてしまうと、経営判断を誤って、思わぬ損失を招くことにもなりかねません。

そこで重要になるのが、財務デューデリジェンス(財務DD)です。財務DDは対象企業のリスクチェックにとどまらず、企業の本質的な収益力を見抜き、経営者自身が買収価格の妥当性を把握するための重要なプロセスです。

本記事では「財務DDの調査結果をどう読み解き、企業価値の見極めにどう活かすか」という視点で売り手企業の収益力の見抜き方、相場観のつかみ方、交渉時の着眼点について解説します。

財務DDで紐解く企業の「本当の収益力」

M&Aにおいて、売り手企業の企業価値を判断する際に、過去の決算書に記載された利益を基準とすることが一般的です。しかし、これらの数字には将来的な収益性を見極めるうえでノイズとなる要素も含まれており、表面的に捉えるだけでは正確な判断ができません。

ここでは、財務DDの第一の目的である、企業の「正常収益力」を見極めるための考え方とポイントについて解説します。

一時的な要因による損益を除外する

企業の損益には、毎年の経常的な収益・費用とは別に、固定資産の売却による特別利益や災害による損失など、その年にたまたま発生した一時的な要因も含まれます。こうした一時的な収益や損失は、将来の収益力を判断するには不適切です。財務DDでは、これらを損益計算書から除外し、事業が平均的に生み出している本来の利益を見極めます。

これによって、一過性の数字に惑わされることなく、企業の本質的な実力を把握できるようになります。

オーナー企業にありがちな会計処理を見直す

特に中小企業のM&Aに見られるケースとして、オーナー経営者が自社の経費や契約を通じて、個人的な資産管理や節税を図っているケースがあります。
役員報酬が高すぎる、節税目的で不要な保険に加入している、私的な経費が混在しているといったケースなどがこれに該当します。これらは、実際の事業の収益力とは切り離して考える必要があります。

財務DDでは、こうした項目をひとつひとつ評価し、必要に応じて利益の補正を行います。これによって、企業の正常収益力が見えやすくなり、事業を引き継いだ後に、どの程度の利益を安定的に生み出せるかの予測が立てられるようになります。

この正常収益力は、企業価値評価の起点となり、買収価格や将来的な投資回収計画の判断に直結します。そのため、どこまで正確に把握できるかが、M&Aの成功を大きく左右すると言えるでしょう。

(参考記事:「中小企業の財務デューデリジェンス:中小企業M&A特有のリスクとチェックポイントを解説」)

「相場観」を知ることで価格の妥当性を測ろう

対象企業の正常収益力が把握できたら、次はその企業にどれだけの価値があるのか、つまり「価格の妥当性」を検討するステップに進みます。

本章では、企業の価値が適正かどうかを判断するために有効な考え方である「マルチプル法」について解説します。

「マルチプル法」とは何か?

マルチプル法とは、他の似た企業の取引事例などを参考にして、企業価値を見積もる方法です。たとえば、ある企業の利益が1億円で、「この会社は利益の6年分(=6倍)で評価される」という場合、その企業価値は6億円とされます。この「何倍で買うか」という倍率を「マルチプル」と呼びます。

実際のM&Aでは、利益の指標として「EBITDA(イービットディーエー)」がよく使われます。これは、税引前利益に利息や減価償却費を加えたもので、会社ごとの会計方針の違いに左右されにくく、企業の稼ぐ力をより正確に比較しやすいという特徴があります。

このEBITDAに対して、「その会社はいくらで買われたか(=企業価値)」を倍率で示したものが、EV/EBITDA倍率(マルチプル)です。たとえば、EBITDAが1億円で、EV/EBITDAが6倍であれば、その企業の価値は6億円と見積もられます。

このように、マルチプル法は他社との比較を通じて、価格の妥当性を判断するためのシンプルかつ実務的な方法として、M&Aの現場で広く活用されています。

業界の「相場」をどう知るか?

マルチプルの水準は、景気や業界の将来性などに影響を受けて常に変動しています。そのため、自社の属する業界ではどの程度の倍率が一般的なのかを把握することが重要です。

相場を知る方法としては、以下のような手段があります。

  • 専門家に相談する
    M&A仲介会社やファイナンシャル・アドバイザー(FA)は、過去に取り扱った非公開の中小企業取引データを多数保有しています。売却価格やマルチプルの実績に基づいて、より実態に即した水準をアドバイスしてくれるため、最も信頼性の高い情報源のひとつです。
  • 上場企業の指標を調べる
    証券会社のアナリストレポートや金融情報サイトなどを利用すれば、同業種の上場企業におけるEV/EBITDA倍率などのマルチプルを確認することができます。ただし、上場企業は中小企業に比べて成長性や信用力が高く評価される傾向があるため、そのままではなく、一定の割引を前提に補正して活用する必要があります。
  • 業界レポートを活用する
    M&A専門メディアや調査会社が発行する業界別レポートでは、売買事例の傾向やマルチプルの平均値、買い手の関心分野などがまとめられています。数字だけでなく、市場環境や買い手の動向といった背景情報も得られるため、定性的な理解にも役立ちます。

いずれの場合も、一つの数字を鵜呑みにせず、複数の情報を照らし合わせる視点が大切です。

マルチプルは企業価値を測るうえで便利な基準ですが、それだけで実際の価格が決まるわけではありません。提示された買収価格が、業界の平均的なマルチプルで算出した金額と異なる場合、その背景には何らかの理由があります。

経営者にとって重要なのは、「なぜこの価格なのか」を理解し、その根拠を読み解くことです。財務DDの結果とマルチプル分析を突き合わせ、価格の妥当性を冷静に分析することで、納得のできる買収判断に活かすようにしましょう。

財務DDの調査結果を活かした価格交渉術

財務DDは、企業価値を見極めるだけでなく、交渉の場で使える「武器」にもなります。感覚的に「高い」「安い」と議論するのではなく、DDで得た事実をもとに、具体的な根拠を提示しながら価格交渉を進めることで、双方が納得できる合意を目指すことができます。
ここでは「財務DDの結果をどう価格交渉に活かすか」について、その考え方と実務上のポイントについて解説します。

リスクを「金額」に換算して交渉する

財務DDでは、滞留在庫の過大評価や、回収が難しい売掛金、未払い残業代といった問題が見つかることがあります。これらは買収後に買い手が負担する可能性のある将来的な支出であり、価格を調整すべき理由になります。

重要なのは、こうしたリスクを具体的に金額に置き換えて提示することです。ただ単に「在庫に問題がある」と評価するだけでなく、例えば 「財務DDの結果、製品Aの在庫300万円分は資産価値がゼロと判断されました。この分を価格から差し引きたい」といったように、金額と根拠をセットで提示することで、合理的かつ説得力のある交渉が可能になります。

「のれん」の価値を客観的に評価する

買収価格が純資産を上回る部分は「のれん(営業権)」と呼ばれ、ブランド力、独自技術、ノウハウ、優秀な人材や顧客基盤など、帳簿には表れない無形資産の価値を含みます。この「のれん」をいくらと見積もるかは、M&Aにおける価格交渉の重要な論点のひとつです。

財務DDによって明らかになった「正常収益力」が、売り手の主張する無形価値に見合わない場合、そのギャップは価格調整の根拠となります。たとえば、将来の利益水準が期待ほどでなければ、ブランドや技術への評価も見直す必要があります。

感覚ではなく、データに基づいてのれんの価値を見極め、納得感のある交渉につなげていきましょう。

Win-Winを目指す交渉戦略

価格交渉は、必ずしもどちらかが得をし、どちらかが損をするゼロサムゲームではありません。たとえ希望価格にギャップがある場合でも、双方にとって納得感のある「落としどころ」を探る工夫が可能です。

その一つが、「シナジー(相乗効果)」を交渉材料にするアプローチです。たとえば、買い手が持つ販路やノウハウを活用すれば、対象企業の売上や利益が大きく伸びる見込みがある場合、その将来の成長分を一部価格に上乗せするという考え方もあります。
一方で、買収に伴うリスク(訴訟リスク、キーマン離脱、簿外債務など)については、価格調整や表明保証・補償条項など契約面での対応によってバランスを取ることが可能です。

このように、マイナス要因とプラス要因を組み合わせた交渉を行うことで、価格だけに縛られない柔軟な合意形成がしやすくなります。「どのような条件なら双方にとって前向きな取引になるか」という視点で交渉を設計していきましょう。

(参考記事:「M&A契約における「表明保証」とは?財務・税務DDの結果をどう活かすか解説」)

まとめ

本記事では、企業価値の見極めにおいて経営者が押さえておくべき3つの視点を解説しました。

M&Aの買収価格を見極めるうえで、財務デューデリジェンス(DD)は非常に重要な役割を果たします。財務DDを通じて得られた情報は、価格の妥当性を判断するための客観的な材料となり、交渉の場でも大きな武器となります。

  1. 正常収益力を把握する
    決算書の表面的な数字にとらわれず、持続的な利益を見極める。
  2. 相場観を持ち、価格差の背景を考えること
    マルチプル法などを活用して相場を把握し、提示価格の妥当性を自ら検証する。
  3. DDの結果を交渉材料として活用する
    リスクは金額に換算し、シナジーとあわせて価格調整を行うことで、双方が納得できる合意形成を目指す。

最終的に「いくらで買うか」を決めるのは経営者自身です。財務DDという羅針盤を手にすることで、自信を持ってその決断を下し、M&Aという航海を成功に導くことができるはずです。判断に迷う場合は、躊躇なくM&Aの専門家に相談することが、成功への近道となるでしょう。

企業の買収価格の妥当性に不安を感じている方は、Suinas Professional Groupにご相談ください。
M&Aに精通した財務・税務デューデリジェンスの専門家チームが、対象企業の収益力や潜在リスクを徹底的に分析。「この価格で本当に良いのか」という迷いを解消し、安心して意思決定を進められるようサポートします。まずはお気軽にお問い合わせください。

木下 恵一

木下 恵一

公認会計士/税理士

大学在学中に有限責任あずさ監査法人(KPMG)に入社し、法定監査をはじめ、様々な業種の会社のIPOアドバイザリー業務、海外案件を含むM&Aに係る各種デューデリジェンス、組織再編に係るストラクチャー検討支援及びPMI支援等に従事。独立開業後も、IPOアドバイザリーやM&A関連業務を展開したのち、Suinas Professional Groupに参画。

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