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M&A検討中の経営者が知っておくべき「財務DDの限界」と「対処法」|デューデリジェンスで特定できないリスクとは

はじめに

財務デューデリジェンス(財務DD)は、M&Aを進めるうえで取引の成否を左右する重要なプロセスです。しかし「DDさえ実施しておけば安心」というわけではありません。
財務DDにも限界があり、どれほど精密に調査しても見抜けないリスクが残ります。このことを理解せず意思決定を行うと、買収後に「想定外の問題」に直面するリスクがあります。実際、売り手企業に関する詳細な調査を実施した上で、合意して合併した企業でも、買収後に簿外債務が発覚したり、主要顧客の離反によって業績が急激に悪化したりするケースは少なくありません。

本記事では、財務デューデリジェンスの「限界」に焦点を当て、その理由とDDでは特定することが難しいリスクの具体例、さらにこうしたリスクに対応するための実践的な方法について解説します。M&Aを検討中の経営者や実務担当者が、現実的なリスク管理を行う際の参考にしていただければ幸いです。

財務デューデリジェンスの本質的な「限界」

財務デューデリジェンスが万能ではない理由は、DDに内在する3つの本質的な制約に集約されます。これらは、調査の品質に関わらず構造的に存在するものです。ここでは、財務DDが本質的に持っている3つの制約について解説します。

1.調査期間に制限がある

M&Aは交渉のスピードが非常に重要です。規模にもよりますが、財務DDの調査期間は短い場合だと2週間から1ヶ月程度というケースもあります。この短期間では、調査できる範囲と深度に限界があります。

例えば、季節性の大きい事業では一定の分析は可能ですが、数年単位の景気循環が業績に与える影響まで正確に把握するのは困難です。また、膨大な資料の中から、意図的に隠された不正をすべて見つけ出すことは、専門家であっても難しいでしょう。

財務DDは、限られた時間の中でいかにリスクの優先順位を見極めるかが重要であり、一分の隙もない完璧な調査を求めることは現実的ではない、と認識しておくことが大切です。

2.「情報の非対称性」が発生する

デューデリジェンスは、基本的に売り手から提供される資料に基づいて行われます。つまり、買い手は「売り手が用意した情報」の範囲内で企業価値を判断しなければいけません。

売り手は、自社を有利な条件で売却したいと考えるため、不利な情報を意図的に開示しないインセンティブが働きます。このように、買い手が知らない情報を売り手が持っている状態を経済用語で「情報の非対称性」といいます。

財務DDの際、売り手にとって不利な情報が意図的に開示されなかった場合、それを明らかにすることは困難です。専門家は資料間の矛盾点を見つけたり、多角的な質問で情報の正確性を検証しようと試みますが、売り手企業側が組織的に情報を隠蔽した場合、DDだけですべてを明らかにするには限界があります。

3.将来の見通しには限界がある

財務DDの最も本質的な限界は、分析対象が「過去から現在まで」のデータに限られることです。過去の業績や現在の財政状態は分析できますが、当然ながらそれらは将来の安全を保証するものではありません。

たとえ、調査結果に基づいて取引に合意したとしても、さまざまな要因によって状況が変わる可能性があり、そうした変化を過去の財務データから正確に予測することは不可能と言ってよいでしょう。

M&Aの成否は、こうした将来の変化やリスクも視野に入れたうえで、冷静かつ多面的に判断できるかどうかにかかっています。

財務デューデリジェンスでは特定が難しい5つのリスク

財務デューデリジェンスには本質的な限界があることは前述した通りですが、それでは、特定するのが難しいリスクとは、具体的にどのようなものなのでしょうか。このセクションでは「財務DDでは特定が難しい5つのリスク」を、理由とともに一覧でご紹介します。

リスクの種類具体的な事例DDで見抜けない理由
1. 外部環境リスク・革新的な代替技術の登場による事業の陳腐化・異業種からの強力な競合の参入・環境規制の強化によるコスト構造の変化過去の財務諸表にはこれらの兆候が表れにくく、定量的な分析だけでは捉えられない。こうした変化の多くは事業環境の先読みや戦略的洞察を要するため、財務DDの範囲を超えている。特にテクノロジーや制度が変化しやすい業界では注意が必要。
2. 人的・組織的リスク・創業者や特定の人材への依存と、その人物の離脱・企業文化のミスマッチによる従業員の士気低下・離職など人材や組織文化といった無形資産は、数値化しづらく、帳簿上にも現れない。こうしたリスクは、現場の視察や面談、文化面の適合性評価といった人事・組織面の調査を通じて可視化できる。
3. 隠れた・偶発債務・未払い残業代の請求リスク・元従業員や顧客からの訴訟・製品保証や退職給付の引当金不足などこれらは帳簿に反映されていなかったり、意図的に隠されていることが多いため、通常の財務分析では把握が難しい。契約・労働慣行・訴訟履歴など法務・労務面の情報も含めた立体的な調査が必要となる。
4. シナジー効果の過大評価・販路統合の失敗・業務内容やシステムの統合の難航による、想定外の追加コストなど財務DDではシナジー効果の前提となる数値のシミュレーションはできても、それが現実に実現可能かどうかまでは確定できない。特にITインフラや組織構造の統合には時間とコストがかかり、PMI段階で初めて顕在化するケースも多い。
5. サプライチェーンの脆弱性・一社の仕入先に依存しすぎていることで、供給が止まる・売上の大半を特定の取引先に依存している など財務諸表からは取引量(売上や仕入高)は分かるが、取引関係の力学や契約条件といった「質」までは読み取れない場合も多い。取引先の倒産や契約解除が即座に事業継続に影響を与える可能性も。

これらのリスクに共通するのは、財務数値には現れない非定量的な要素が多い点です。

財務DDはあくまで財務情報に基づく定量的な分析が主であり、企業価値に大きな影響を与える無形資産、外部要因、実行リスクを把握するには限界があります。

M&Aの際には、こうしたリスクを想定し、財務DDに加えて法務・人事・ITなど多角的に調査を行うことが、より精度の高いリスク評価につながるでしょう。

デューデリジェンスの限界を乗り越えるための実践的リスク管理術

ここまで、財務デューデリジェンスの構造的な限界と、明らかにすることが難しいリスクについて解説してきました。
本章では、そうした限界を前提に、リスクを適切に管理・補完するための実践的アプローチを紹介します。これらを組み合わせることで、M&Aの精度を高めることが可能になるでしょう。

1.表明保証条項の活用

表明保証は、売り手が買い手に対し、対象会社の財務や法務などに関する事項が契約時点で真実かつ正確であると保証する契約条項です。
万が一、実態と異なる点が判明し損害が生じた場合には、買い手は契約違反として売り手に損害賠償を請求できます。財務DDで把握しきれなかったリスクを補完し、情報の非対称性を是正する手段として有効です。

特に重要なのは、定型的な文言だけでなく、十分に確認できなかった懸念事項があれば個別に条項化しておくことです。たとえば、調査の結果、長時間労働の実態は把握できたものの、未払い残業代の有無までは確認しきれなかった場合には「未払い残業代が存在しないこと」を表明保証の内容に明記します。これにより、買収後に未払分の請求や訴訟が発生した場合でも、売り手に責任を問える法的根拠が生まれます。

このように、売り手に具体的な説明責任を持たせることで、デューデリジェンスの限界を補い、買収後に顕在化するリスクへの備えを強化することが可能になります。

2.アーンアウト条項によるリスクの分散

アーンアウトとは、M&Aの対価の一部を、買収後の一定期間内に特定の業績目標が達成された場合に支払う、条件付きの対価支払方法です。これにより、DDでは予測しきれない「将来的なリスク」を、買い手と売り手で公平に分かち合うことができます。

たとえば、将来の成長見込みに基づいて高めの企業価値が提示された場合でも、実績に応じた対価の調整ができるため、買い手側の高値掴みリスクを軽減できます。また、売り手である経営陣が買収後も事業に関与する場合には、成長へのインセンティブとしても機能します。

ただし、業績目標の設定方法や評価指標が曖昧だと、将来的なトラブルの火種となるため、契約段階で客観的かつ明確な指標を定義しておくことが重要です。

3.PMIにおける継続的モニタリング

M&Aは契約締結がゴールではなく、買収後の企業の統合作業(PMI)を通じて成果が問われます。このPMIにおいて、リスクを継続的に監視する体制を構築することが非常に重要です。
DDは、あくまで一時点における静的な分析にすぎません。買収後の実際の事業運営においては、動的な環境変化に対応したモニタリングが求められます。

特にM&Aの制約直後には「100日プラン」というものを設定することが一般的です。これは、PMIの中でも初期段階に行う作業の計画やスケジュールを設定するもので、DDで指摘された懸念事項に対する具体的な対応策の策定・実行に活用されます。

M&Aの成果をより確実にするためには、こうした管理体制を迅速に構築し、将来的に発生しうる潜在的な問題を早期発見できる環境を整えることが重要です。

筆者の経験上、PMIに対して事前に予算設定されていないケースが多いように思います。PMIは買収価格とは別に、システム統合費用、人員配置転換コスト、外部コンサルタント費用など、一定の追加投資が必要となります。これらの予算も踏まえた上で投資の意思決定を行うとともに、PMI専任チームの設置や既存業務との兼務体制の整備など、人的リソースの確保を事前に計画しておくべきでしょう。

まとめ

本記事では、財務デューデリジェンスの「限界」について、その理由と見抜けないリスクの具体例、実践的な対処法について解説しました。

M&Aにおける財務デューデリジェンスは重要なプロセスですが、万能ではありません。本記事で見てきたように、その「限界」を正しく認識することが、M&Aにおけるリスク管理の出発点となります。

「専門家に依頼して調査を実施したから大丈夫」と考えるのではなく、DDでは見抜けないリスクが常に存在するという現実的な視点を持ち、その限界を補完するために、専門家と連携しながら多角的な視点を持つ。これらのアプローチを組み合わせることで、M&Aの成功確率は飛躍的に高まります。

筆者の経験上、デューデリジェンスに限界はありますが、DDで明確にならなかった点をしっかりと特定したうえで報告がなされていれば、表明保証などでカバーすることが可能になります。そのため、改めてデューデリジェンスの実施や専門家の吟味は重要であると考えます。

DDの限界を知ることは、臆病になることではなく、より賢明で、より確実な一手を打つための第一歩です。

財務DDの限界や見落としがちなリスクを正しく理解し、M&Aを成功に導くためには専門家の視点が欠かせません。Suinas Professional Groupでは、豊富な実務経験を持つ専門家チームが、貴社の状況に合わせてリスクを可視化し、対処法まで踏み込んだ提案を行います。M&Aを安心して進めたいとお考えの方は、ぜひお気軽にご相談ください。

木下 恵一

木下 恵一

公認会計士/税理士

大学在学中に有限責任あずさ監査法人(KPMG)に入社し、法定監査をはじめ、様々な業種の会社のIPOアドバイザリー業務、海外案件を含むM&Aに係る各種デューデリジェンス、組織再編に係るストラクチャー検討支援及びPMI支援等に従事。独立開業後も、IPOアドバイザリーやM&A関連業務を展開したのち、Suinas Professional Groupに参画。

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