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財務DDで問題発覚!その後の対処法・価格交渉術|経営者が知るべき「リスク→機会」への転換戦略

はじめに

M&A(合併・買収)を進める過程で、財務デューデリジェンス(財務DD)により思わぬ問題が発覚することは珍しいことではありません。売り手企業側の簿外債務の存在、粉飾決算、資産の過大計上などの問題が明らかになった時、買い手企業は「取引を中止すべきか進行すべきか」という二択の判断に迫られます。
ここで、問題の発覚を単なる「リスク」として捉え、感情的に判断するのは適切ではありません。重要なのは、発覚した問題を冷静に分析し「交渉の機会」として戦略的に活用する視点を持つことです。

本記事では、財務DDで問題が発覚した際の対応、効果的な価格交渉術、契約条項を活用したリスク管理手法について解説します。問題発覚時こそが、より有利な取引条件を獲得し、M&A成功への道筋を確実にする機会となり得ます。本記事がそうした視点を持つ一助となれば幸いです。

財務デューデリジェンスで発覚する主な問題点と交渉への影響

財務DDでは様々な問題が浮き彫りになりますが、ここでは頻出する問題点と交渉への影響を解説します。

  • 簿外債務
    簿外債務は、こうした問題の中でも典型的なものです。売り手企業の未払いの残業代や訴訟リスクといった会計帳簿にない債務が買収後に発覚すると予期せぬ負担となるため注意が必要です。ただし、こうしたケースは金額を算定しやすいため価格交渉のテーブルで提示しやすく、比較的スムーズに価格調整が進む傾向にあります。
  • 粉飾決算・不適切な会計処理
    売上の水増しなど意図的な粉飾や不適切な会計処理が発覚するケースです。これらは、金額だけでなく売り手経営陣への信頼を根本から揺るがす問題のため、簿外債務より深刻なケースです。単純な価格調整では解決が難しく、経営責任の追及やガバナンス体制の見直しなど、複雑な議論が必要となります。
  • 資産(売掛金・在庫等)の過大計上
    回収困難な売掛金や価値の毀損した在庫が、資産として過大計上されているケースも少なくありません。これらも価格交渉時の減額材料として扱えますが、専門家による時価評価で差額を算出し、具体的な減額根拠を明確にしてから交渉を進めることが重要です。
  • キャッシュフロー予測と実態の乖離
    売り手が提示する事業計画と、DDで判明した実態との間に大きな乖離がある場合、事業の将来性評価を根本から見直す必要があり、こうしたケースも価格交渉に影響する場合があります。ただし、こうした将来予測に関わる問題は交渉の難易度が高く、将来の業績達成を条件とする価格調整(アーンアウト)など、工夫を凝らした交渉が求められます。

問題発覚時の初期対応

財務DDで取引に関わる問題が発覚した際、最初に行うべきは「この問題が取引継続の致命傷となるディールブレイカーか、それとも交渉を有利に進める材料となるか」の判断です。ここでは、問題が発覚した際の初期対応について解説します。

ディールブレイカーとは何か

「ディールブレイカー(Deal Breaker)」とは、取引を中止せざるを得ない致命的な問題です。企業の存続や、当初の投資目的を根本から覆すような問題がDeal Breakerと見なされます。

ディールブレイカーと交渉材料の判断基準

しかし、すべての問題が「ディールブレイカー」となるわけではありません。場合によって取引の交渉材料として活用できるケースもあります。下記の表はディールブレイカーとなる問題と、そうでないものの特徴と具体例をまとめたものです。

判断基準ディールブレイカーの特徴交渉材料として活用可能な問題の特徴
性質企業の存続や投資目的の達成を根本的に困難にする、修正不可能な構造的問題金銭的に影響を定量化でき、買収後に改善・解決が可能で、リスク分担で対処できる問題
具体例・重大な法令違反、許認可の問題
・ビジネスモデルの根本的な欠陥
・事業報告書と事実が矛盾している
・簿外債務、引当金不足
・回収不能な売掛金、滞留在庫
・将来の税務リスク、偶発債務

こうした問題の本質を正確に分析し、適切な対処法を立てるには、専門家チームとの迅速で緊密な連携が不可欠と言えます。
弁護士、税理士、M&Aアドバイザー等と速やかに情報を共有し、問題を多角的に分析できる体制を整えましょう。

減額交渉の実践的な進め方

発覚した問題を交渉力へと転換し、自社に有利な条件を引き出すためには戦略的なアプローチが必要です。ここでは具体的に発覚した問題を交渉材料に転換していく考え方について解説します。

問題の定量化と価格への反映

価格交渉の出発点は、問題が財務に与えるインパクトを客観的な数値で示すことです。

  • 財務インパクトの算出
    簿外債務額や資産の評価損など、具体的な数値を算出します。
  • 将来キャッシュフローへの影響予測
    問題が将来収益に与える影響を予測し、現在価値に割り引いて評価します。
  • レンジでの影響額提示
    複数の評価手法を用いて影響額に幅を持たせることで、交渉を柔軟に進めます。

こうした定量的な根拠を用いることで、感情論に基づく議論を排し、客観的なデータに基づいた論理的な交渉を展開できます。数値による裏付けがあることで、売り手側も価格調整の妥当性を認めざるを得ず、結果として買い手に有利な条件を得る可能性が高まるでしょう。

価格交渉の戦略的アプローチ

価格交渉においては、問題の性質に応じて交渉戦略を使い分けることが成功の鍵です。

  • 損失金額が定量化できる問題の場合

簿外債務など具体的な金額が分かる問題については、その金額分を買収価格から一括で減額する方法が効果的です。

  • 損失金額が定量化できない問題の場合

将来の税務リスクなど、損失金額が数値で断定できない問題については、買収代金の一部を第三者機関(エスクロー)に預けておき、問題が発生した際に補償に充てる方法や「将来の実際の業績に応じて追加で代金を支払う」というアーンアウト条項を設けることで将来的なリスクに備えるという方法もあります。

価格交渉では客観的なデータに基づき冷静かつ論理的に進めることが基本です。同時に相手の立場を理解し、双方にメリットのある解決策を提示する建設的な姿勢が重要となります。交渉はM&A成立後のパートナーシップの始まりでもあるため、敬意を払った対話を心がけ、信頼関係を維持するように心がけましょう。

表明保証・補償条項を活用したリスク分担戦略

価格交渉以外にも、M&A契約の「表明保証条項」や「補償条項」を活用することで将来のリスクを売り手側と分担することが可能です。

表明保証・補償条項の戦略的活用

「表明保証」とは、売り手が買い手に対して「財務状況や事業内容について虚偽がない」ことを約束する契約条項です。価格交渉だけでは解決できないリスクについて、契約上の保証や補償を求めることで、買収後のリスクを軽減できます。
表明保証を活用する際は、以下のような項目を明確化しておきましょう。

  • 表明保証違反の定義
    どのような状況が表明保証違反にあたるのか定義します。
  • 表明保証違反時の対応に関する合意
    表明保証に何らかの違反があった場合、買い手企業の損害を売り手企業が補償することを取り決めます。
  • 補償請求の具体的内容
    補償の対象となる損害の内容や請求方法、金額上限、期間などを明文化します。

この際のポイントは、現実的に実現可能な責任範囲を設定することです。
どんなに有利な条項も、実行不可能であれば意味がありません。売り手の支払い能力を超えた過大な責任を課しても実効性がないため、表明保証の有効期間や賠償責任の限度額を戦略的に設定しましょう。損害賠償の請求手続きなども具体的に定めることで条項の実効性を高められます。

(参考記事:「M&A契約における「表明保証」とは?財務・税務DDの結果をどう活かすか解説」)

問題発覚を「機会」に転換する戦略的思考法

財務DDでの問題発覚はネガティブな出来事に見えがちですが、視点を変えれば、取引を有利に進め、買収後の成功確率を高める絶好の機会となり得ます。

重要なのは、問題を悲観的に捉えず、客観的な交渉材料として活用する発想です。問題点を指摘し共有することで、売り手との交渉を有利に運べます。

また、交渉のゴールは価格減額だけではありません。

  • 価格以外の条件改善
    支払条件の変更や表明保証期間の延長など、価格以外の面での条件を整える。
  • 売り手の協力による問題解決
    売り手の協力が必要な問題は、クロージング後も一定期間の協力を契約上義務づけ、円滑なPMI(買収後の統合プロセス)につなげる。

状況に合わせてこうした条件も組み込むことで、買収企業とのパートナーシップを強化しながらM&Aを円滑に進めることができるでしょう。DDで発覚した問題は、買収後の経営改善のロードマップそのものであり、組織改善と内部統制の強化につなげることができます。

状況に応じてこうした条件を組み込むことで、パートナーシップを強化しながらM&Aを円滑に進められます。DDで発覚した問題は、そのまま買収後の経営改善のロードマップとなり、組織改善や内部統制の強化にもつながります。

このように、問題発覚を単なるネガティブ要素としてではなく、交渉を有利に進め、より良い取引条件を獲得するための戦略的な武器として活用するには、専門家の協力が欠かせません。M&Aやデューデリジェンスに深い知見を持つ公認会計士や税理士などと連携し、問題の本質を冷静に見極められる体制を整えることが重要です。

まとめ

本記事では、財務DDで問題が発覚した際の対処法と、それを交渉の機会へ転換する戦略を解説しました。

M&Aにおいて財務DDで問題が見つかることは決して珍しいことではありません。むしろ多くの取引で起こり得る当然のプロセスです。重要なのは冷静かつ戦略的に処理し、自社にとって有利な条件を引き出す材料へと変えていく姿勢です。

問題発覚時のポイントは以下の通りです。

  • 問題発覚時、取引中止か継続かではなく「交渉材料」として活用するという視点を持つ。
  • 価格交渉、契約条項、クロージング条件を組み合わせ、多層的にリスクをコントロールする。
  • 問題発覚時こそ、M&A実務に精通した専門家の知見が不可欠。信頼できるプロとの連携が最善の意思決定を導く。

問題を「リスク」から「機会」へと視点転換できれば、取引の価値を最大化し、より強固で持続的なパートナーシップを築くことが可能になります。本記事がその第一歩を踏み出すための参考となれば幸いです。

表明保証の設計やDDの進め方、リスク対策にお悩みの方は、Suinas Professional Groupにご相談ください。M&A実務に精通した専門家チームが、リスクを可視化し、最適な対応策をご提案します。安心かつ納得のいくM&Aを実現したい方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。

木下 恵一

木下 恵一

公認会計士/税理士

大学在学中に有限責任あずさ監査法人(KPMG)に入社し、法定監査をはじめ、様々な業種の会社のIPOアドバイザリー業務、海外案件を含むM&Aに係る各種デューデリジェンス、組織再編に係るストラクチャー検討支援及びPMI支援等に従事。独立開業後も、IPOアドバイザリーやM&A関連業務を展開したのち、Suinas Professional Groupに参画。

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