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事業承継型M&Aの特殊性|財務DDの専門家による後継者不在企業のリスクと承継価値の見極め方

はじめに

近年、経営者の高齢化が進む中で、第三者に事業を引き継ぐ「事業承継型M&A」への関心が高まっています。しかし、事業承継型M&Aは一般的なM&Aとは異なり「経営者個人への依存」や「私的な支出が混在した複雑な財務構造」など、特有のリスクが内在しています。一見すると問題がなさそうでも、実態を見誤ると買収後に予想外のコストやリスクが顕在化し、投資回収が困難になるケースも少なくありません。

本記事では、事業承継型M&Aを検討する買い手企業に向けて、こうした案件に潜むリスクや、後継者不在による影響、承継後に求められる体制整備のポイントについて解説します。

企業価値評価を難しくする「中小企業ならではの特徴」

事業承継型M&Aでは、対象企業の実態を正しく把握しないまま取引を進めてしまうと、買収後に想定外のリスクや追加コストの発生につながる場合があるため注意が必要です。これは、中小企業特有の構造的な問題が背景にあるためです。中小企業では、特に以下の3つが事業承継後に問題になりやすい傾向があります。

  1. オーナー・経営者個人の資産と企業の資産の境界が曖昧で、財務構造が複雑化している。
  2. 事業全体がオーナー個人のリーダーシップや人脈、スキルに依存している。
  3. 過剰な節税対策や多額の内部留保など、安定継続を優先するあまり、成長投資に消極的で、真の企業価値が財務諸表に反映されていない。

こうしたケースは、対象企業の実態や企業価値を見えにくくする要因となる上に、財務諸表を一見するだけでは気が付きにくいものです。財務デューデリジェンス(財務DD)は、これらの要素を整理し、企業価値を正しく評価して適切な判断につなげるために非常に重要なプロセスとなります。

買収前に確認すべき「リスク」のチェックポイント

では、事業承継M&Aにおいて、特に注意して確認すべき点とはどのようなものなのでしょうか?ここでは、自社で確認すべき項目と専門家に依頼すべき調査項目を整理し、後継者不在リスクを見極める実践的なチェックポイントを解説します。

組織の「オーナー依存度」をチェックする

中小企業やオーナー企業は、経営がオーナー個人に強く依存しているケースが少なくありません。経営判断や主要顧客との関係、営業活動などがオーナーに集中している状態のまま事業を引き継ぐと、オーナー退任後に事業運営が混乱し、PMI(買収後の統合作業)が停滞するリスクがあります。そのため、買収前に「オーナーが抜けても事業が回る体制になっているか」を確認することが非常に重要です。

1.自社で確認すべき基本事項

まずは初期段階で対象企業の基本事項を確認しましょう。初期段階でも売り手企業から資料を入手すれば確認できる基本情報であり、買い手自身で早めに確認しておくべき項目です。

  • 主要取引先との契約内容(名義、COC条項の有無)
  • 金融機関との関係性(個人保証の有無・解除の可否)
  • トップセールスや意思決定が特定人物に集中していないか

2. 専門家に依頼すべき調査

より詳細なデータを分析するフェーズです。この段階では、数値の裏付けや制度面の成熟度を評価する高度な専門知識が必要となるため、財務・ビジネスデューデリジェンス(DD)の専門家に依頼して分析を進めましょう。

  • 売上・利益に対するオーナー依存度の定量化
  • 管理部門や内部統制の成熟度の診断
  • 承継後に必要な組織再編・システム投資の概算

3. 面談で確認すべき現場情報

書類や数値だけでは見えてこない「現場の実態」を把握するには、経営幹部や従業員との面談が有効です。

  • 後継幹部のマネジメント力や権限移譲の進捗
  • 意思決定プロセスの透明性
  • 業務の標準化・マニュアル化の進行状況

これらの情報をもとに、承継後の減益リスクを定量化すれば、承継後の減益リスクを客観的に判断できます。

幹部・従業員の考えを把握しておく

M&Aの成否は従業員、とくに長年勤務している人材の残留に大きく左右されます。会社を支えてきた人材が離れると、承継後の事業基盤に影響しかねません。そのため、面談などを通じて従業員のM&Aに対する考え方を把握しておくことも重要です

この時、従業員の間に不安が広がらないように配慮することが重要です。買い手と売り手が協力し、従業員に誠実かつ丁寧に情報を伝えることを大切にしましょう。

「この価格は適正か?」事業承継案件の価値を正しく判断する方法

中小企業やオーナー企業の価値算定は、帳簿に表れない無形の価値や、将来的なコストが価格の妥当性に大きく影響します。事業承継M&Aでは、こうした見えにくい価値やコストをどれだけ精度高く把握できるかが、適正な買収価格を見極める鍵となります。以下では、そのために必要な実践的な評価ポイントを整理します。

“のれん”の承継可能性を見極める

のれん」とは、長年にわたって築かれた顧客関係、地域での評判、熟練の技術・ノウハウなど、帳簿上は評価されない無形資産のことです。

こうした資産の多くはオーナー個人の力量に依存しているケースも多く、承継後に維持できるかどうか慎重に判断する必要があります。のれんの評価にあたっては「オーナー個人に依存するものか、組織として維持できるものか」を切り分けて、オーナー不在でも引き継げる要素を検討することが重要です。

経営者個人保証の解除コストを試算する

中小企業では、融資の際にオーナーが個人保証をしているケースが多くあります。買収時には買い手がそのまま保証を引き継ぐことはできないため、金融機関と交渉して解除を求めますが、その際に追加の担保や条件変更が必要となり、コストが発生する場合があります。
これらはM&Aにかかる費用として、買収価格にあらかじめ織り込んでおきましょう。

不動産の含み益と将来の税負担を織り込む

帳簿上の価格と実際の市場価格に差がある不動産は、企業価値を高く見せる要因になります(含み益)。しかし将来売却する際には、その利益に法人税などがかかるため、税金を差し引いた実質的な価値で評価する必要があります。また、立地や用途によっては、再開発による将来的な価値上昇も考慮しておきましょう。

買い手が知っておくべき親族承継vs第三者承継の違い

事業承継M&Aでは、親族への承継から第三者への事業承継に切り替えられるケースも多く見られます。こうしたケースでは、親族への承継が実現しなかった背景や、取引先や従業員の反応などを慎重に見極める必要があります。

ここでは、親族承継と第三者承継それぞれの特徴や財務的な違い、買収判断における留意点について解説します。

以下は、親族承継と第三者承継で財務面や契約面で留意すべき主な違いです。

チェックポイント親族承継の場合第三者承継の場合
背景・動機資産・経営を親族に引き継ぐ。税制優遇が大きい親族承継を断念した理由(後継者不在、将来性の懸念など)に構造的な課題が潜む可能性
取引先・従業員関係維持が比較的容易経営者交代で取引先離反や従業員離職のリスク増大。地域企業では外部資本への拒否感も
契約・交渉関係性重視で条件は緩やか表明保証、ロックアップ、アーンアウトなど精緻なリスク分担設計が必要


第三者承継では、外部資本が入ることで取引先や従業員の不安が高まりやすくなります。そのため、価格だけでなく、人や契約、支援体制なども含めて総合的に検討することが重要です。

事業承継後の投資回収につなげるためのPMI戦略

事業承継型M&Aは、契約の締結がゴールではありません。むしろ、買収後の統合作業(PMI)こそが、投資回収の成否を左右します。ここでは、事業承継後の体制構築と投資の回収に向けた戦略構築について解説します。

承継後に必要となる項目

事業承継後、組織・管理体制を買い手企業に適合させるための追加投資が必要となります。

  • オーナーに依存した体制からの脱却
    意思決定や営業活動が属人的になっているケースでは、新たな幹部採用や権限委譲ルールの整備、会議体の設置などによって、自律的に運営できる体制を構築します。
  • 内部統制・会計制度の導入
    中小企業に多く見られる「どんぶり勘定」体質を是正し、部門別採算・予算管理の導入を進めます。必要に応じて会計システムを整備し、経営状況をリアルタイムで把握できる基盤を作ります。
  • 資産の分離と財務の健全化
    オーナー個人所有の不動産利用や、個人保証付きの融資など、会社と個人の関係が曖昧な部分を明確にします。適正賃料の再設定や保証解除の交渉などを通じて、企業としての健全な財務構造に切り替えます

これらに必要な投資額は少なくないため、事前に概算を立て、買収価格や契約条件(補償やアーンアウト条項など)に事前に反映させることが重要です。

投資を回収するための管理体制を構築する

M&Aで投じた資金を確実に回収するためには、承継後の経営状況を継続的にモニタリングし、改善していく仕組みづくりが不可欠です。
まず、買収前に立てた事業計画をもとにKPI(重要業績指標)を設定し、定期的に進捗を確認しましょう。目標と実績の間にズレが生じた場合は、原因を分析し、早急に修正策を実行できる体制つくりも重要です。

また、事業承継税制などの制度を活用している場合は、雇用維持などの要件を満たしているかを継続的にチェックする必要があります。要件を満たせなくなると、税制優遇が受けられなくなるため、こうしたリスクを最小限に抑えるためにも、定期的な確認体制を整えておきましょう。

さらに、承継後は新たな課題が次々と生じます。特に、財務や税務、法務といった領域では専門的な判断が求められる場面が多くあります。買い手企業が単独で対応するのではなく、会計士や税理士などの専門家と連携し、課題に応じて最適な対策を講じる「伴走支援体制」を構築することが、事業を安定させ、投資を確実に回収していく上で大切です。

まとめ

今回は、事業承継型M&Aにおいて「この価格は本当に適正か?」という疑問に答えるための評価視点と進め方について解説しました。
オーナー企業特有の財務構造や経営者依存、保守的な経営に起因する潜在的価値など、事業承継型M&Aは一般的なM&Aよりも複雑かつ高難度な領域です。

成功の鍵は、数字に表れにくい実態を丁寧に読み解き、後継者不在によるリスク、税制活用による副作用、承継後に必要な体制整備や追加投資までを一貫して設計することにあります。

本稿で紹介した視点を出発点に、財務・税務・法務・人事といった専門家と連携しながら、価値の源泉とコスト要因をもれなく把握し、価格・契約・PMIを一体的に組み立てることが、投資回収の確度を高める道筋となります。本記事を参考に、後悔のない事業承継の実現を目指しましょう。

事業承継型M&Aにおいて、適正な価格判断や承継後のリスク対策にお悩みの方は、Suinas Professional Groupにご相談ください。
財務・税務・法務に精通した専門家チームが、オーナー企業特有の複雑な財務構造や後継者不在リスクを丁寧に分析し、投資回収まで見据えた最適なM&A戦略をご提案します。
安心して承継を進め、事業の未来を確実につなげたい方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。

木下 恵一

木下 恵一

公認会計士/税理士

大学在学中に有限責任あずさ監査法人(KPMG)に入社し、法定監査をはじめ、様々な業種の会社のIPOアドバイザリー業務、海外案件を含むM&Aに係る各種デューデリジェンス、組織再編に係るストラクチャー検討支援及びPMI支援等に従事。独立開業後も、IPOアドバイザリーやM&A関連業務を展開したのち、Suinas Professional Groupに参画。

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